ベトナムでのHIV研究活動が、
第12回日本エイズ学会ECC 山口メモリアルエイズ研究奨励賞を受賞しました


 ハノイコホートをはじめとするJ-GRIDを通じたベトナムでの一連の研究活動(図1)に対し、国立国際医療研究センターエイズ治療研究開発センターの田沼順子が、第12回日本エイズ学会ECC山口メモリアルエイズ研究奨励賞を受賞しました。ここでは、受賞にあたって特に重要視されたコホート設立に関する活動内容を報告します。


研究の背景
 HIV感染症の治療は、抗レトロウイルス薬の登場により劇的な進化を遂げています。しかし、長期内服に伴う副作用、非エイズ悪性腫瘍、心血管系合併症といった新たな課題と直面しています。このような新たな課題は、主に欧米の大規模コホート研究により明らかにされてきました。
 最近では、人種の違いが副作用や血中濃度などに影響することが明らかになっています。また、HIVは遺伝学的に地域特有の流行株があることが知られていますが、病状の進行・感染しやすさ・薬剤耐性などについて流行株間に差があるか、分かっていないことが数多くあります。欧米由来のデータに基づく知識や治療ガイドラインがアジアの実情に沿っているのか検証が必要です。
 しかし、アジアにはそのような研究ニーズに応えるようなシステムが発達していません。そこで我々は欧米の大規模コホート研究を見習い、長期間しっかりとデータを蓄積していくHIV感染者コホートをハノイの国立熱帯病病院に設立しました。
 設立当初は、文化や慣習の違いに翻弄され続け、とても本来の研究業務に打ち込める環境ではありませんでした。しかしこの時の辛い体験こそ、研究者が本来の研究業務に集中できるようにするために何が必要なのか、つきつめて考えるきっかけになりました。

ハノイHIVコホート設立
 ハノイコホートの登録者数は順調に延び、2011年10月の時点で1200名を越えました。このコホートに登録されると、HIVウイルス量と薬剤耐性検査が無料で受けられます。HIVウイルス量も薬剤耐性検査も先進国のHIV診療では欠かせない検査ですが、高額なためベトナムではよほどの事情がない限り検査できません。そのため、患者さん自身が自発的にコホート研究へ参加を希望してきたケースが多かったといいます。この話をきき、先進国と途上国の医療格差を実感すると共に、ベトナムにおけるHIV診療レベル向上のために是非とも良質な研究成果をもって貢献したいと考えました。
 コホート設立直後に取り組んだ薬剤耐性の研究では、ベトナム流行株ではAZTを含んだ初回治療に失敗した場合、耐性度が日本・欧米の流行株であるサブタイプBよりも高くなることを発見しました。この報告はWHOとベトナム保健省エイズ対策室の目にとまり、ベトナム国内の主なHIV診療施設の代表を集めた意見交換会が開催されるに至りました。

ベトナムから日本へ ~ EACH Cohort設立に向けて
 ベトナムでの経験を最大限に生かし、次は日本国内で多施設共同コホート研究を展開したいと考えています。日本では基礎医学の分野において数々の優れた研究成果が発信されていますが、臨床・疫学研究においては小規模の後ろ向き試験が多く、結果として良質なエビデンスを発信することが難しい状況にあります。コホート研究事業自体、構造はシンプルですが、アイデア次第でいくらでも活用の幅を広げることができる応用性の高い研究基盤です。将来的に、韓国や台湾といった東アジアの国々と国際共同研究という形に広げたいという想いから、東アジア多施設共同HIVコホート:East Asia Clinical HIV Cohort (EACH Cohort)と名付けられました。
 J-GRIDによるベトナムでの研究活動がきっかけとなり、日本全体のHIV研究が活性化し、そして更なる国際共同研究が展開されるよう、取り組んで行きたいと思います。